日本バイクメーカーの歴史

日本のバイクは世界中から愛されている

日本のバイクは世界中から愛されています。
性能がよくまた利用されている部品類が質の高い物なので安全性もあり、日本の中古バイクは海外で非常に高く売れます。
ホンダやスズキ、ヤマハ、カワサキをはじめとする日本のメーカーは世界屈指のトップブランドといわれていますし、性能も機能もいい日本のバイクは世界各国にユーザーを持っています。

世界にも素晴らしいバイクメーカーが多数存在していますが、バイクの歴史はどのように進んできたのでしょうか。
バイクの歴史を振り返ってみます。

最初は木製バイクだった

今では考えられないことですが、バイクの原型として歴史上に登場するのが、蒸気機関エンジン搭載の木製バイクでした。
フランスのエンジニア兼発明家のルイ・ギヨーム・ペローという方が作ったものです。
1868年当時、作られたこの木製のバイクは、タイヤもありませんし人力以外の動力で走る事が出来るという形だけのものでした。

オートバイとよべるものの誕生

フランスのルイ・ギヨーム・ペローが作り出した木製のバイクと呼べるのかよくわからない蒸気機関を利用した木製バイクから17年、やっとオートバイと呼べるものが誕生します。
エンジンは内燃機関エンジンというもので、1885年にダイムラー社が制作しました。
そののち、1903年になってアメリカのウィリアム・ハーレーというエンジン設計技師と、アーサー・ダビッドソンという技術者が作ったのが現代のバイクに一番近い形のものでした。

更に1920年、ほとんど現代のバイクと変わらない形のオートバイが誕生したのです。
木製の蒸気機関エンジンから50年もの歳月を費やしやっとバイクが誕生したのです。

日本のバイクの歴史

日本のバイクの歴史をひも解くと、意外なことがわかります。
日本のバイクの第一号とされているのが、明治41年、バイクに憧れていた若干20歳の若者が一人で作ったNS号と呼ばれるバイクが最初とされているのです。

バイクに憧れて海外から資料を取り寄せ一人で完成させたなんて、本当にバイクが好きでどうしようもなかったんだと感じます。
その後、大正2年になって宮田製作所がアサヒ号というバイクを作ります。
これが企業の作ったバイクの第一号です。

このアサヒ号は排気量175ccで、自転車のフレームを利用してそこにエンジンが搭載されているという単純なものですが、市販されました。
このバイクは昭和39年まで生産されました。
宮田製作所はみなさんご存知の方も多いと思いますが、自転車メーカーとして知名度の高い宮田工業さんです。

国産メーカーの登場

若干20歳の若者が作り出した日本の第一号バイク、さらに企業バイクの第一号となった現宮田工業のアサヒ号、さらに時代が進み第二次世界大戦後、軍用機や運用者を製造していた企業がそろってバイクの製造に参入しました。
なぜ自動車や飛行機などではなく、バイクだったのかというと、敗戦国となった日本は、飛行機や自動車などの軍事物に近い物を作る事に規制があったのです。
そのため、多くの軍事物を作っていたメーカーが競い合うようにバイク製造に手を出したのです。

三菱重工系列である中日本重工社合宿免許製造のシルバービジョンと、富士重工の前進である中島飛行機が作ったラビットというバイクが大人気となります。
その後、目黒製作所が作っていたメグロというバイクのノウハウを受け継いだカワサキ、そして陸軍から払下げた小型エンジンを利用しバイク業界に参入してきたホンダがめきめきと頭角を現してきました。

様々なバイクの開発

戦後、様々な規制が解かれやっと色々な事が出来るようになってきた日本では、道路整備も進み、バイク、オート三輪、自動車を作るようになり、次第バイクは趣味で乗るものという認識が強くなります。
日本のメーカーが作ったエンジンは性能がよく、中古でも東南アジアなどで破格の金額で売買できるとあって、中古、新車共に輸出が多くなっていきます。
ここから次第にバイクが多様化していったのです。

現在はクラシック路線のバイクもありますし、デザイン、走りを優先したバイクなど、乗り手が様々なバイクを選べる時代となっています。
競技でも活躍する日本のバイクは、一人のバイクに憧れた若者から始まり、今では世界に大人気のバイクを作り出すまで成長したのです。

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